人って夢や叶えたいことがある時ほど、ふと惨めな気持ちになってしまうことも多いもの。
- 自分が手に入れたくてしかたないものを友達が既に持っていたりすると、なんだかすごく負けているような気がしてしまう。
- 他の人には簡単にできることなのに自分にはなかなかできなかったりすると、自分がどうしようも情けなく思えてしまう。
誰でもそんな瞬間ってありますよね。
今回はそんな惨めな気持ちから抜け出す方法と、「惨め」というネガティブ感情を使って欲しい現実を手に入れる方法についてお話ししていきます。
ネガティブ感情を使うと言っても、けっしてハングリー精神的な方法論ではなく、あくまで楽しく人生ゲームを攻略するための裏技的なものと考えてもらえたらと思います♡
この方法を知ることで、できることならそれまで感じたくない、見たくない、ただ苦しいだけの感情だった「惨めな気持ち」が、自分の現実を大きく引き上げてくれるものすごーく貴重な情報であることがわかりますよ!
惨めな気持ちになる原因と抜け出し方
まず私たちが惨めな気持ちを感じてしまう原因には、大きく分けて2つあります。
- 一つは、外部的な要素から生じているもの。
- もう一つは、内部的な要素から生じているもの。
人生ゲーム攻略のためには、どちらも知っておいてほしい知識になります♡
順を追って解説していきますね!
惨めな気持ちになる原因① 無意識に何かに自分の世界を支配させてしまっている
惨めな気持ちって、一般的にはこういうイメージではないかなと思います。
- 惨めな気持ちは、自分が劣っている存在だから感じてしまうもの。
- 惨めな気持ちにならないようにするには、自分が優れた存在になるよう努力するか、もしくは欠点を気にしないようにするしかない。
けれど、実はそうではないんです。
惨めな気持ちとは、自分が劣っている存在だから発生するのではなく、自分が何かに支配されてしまっている時に発生してくるものなんです♡
例として、人が惨めな気持ちを感じてしまうよくあるパターンをいくつか挙げてみますね。
- 恋人のいない私は、寂しくてダメな存在。
- クリスマスやバレンタインに一緒に過ごす相手のいない私は、負け組みたいでダメ。
- 収入の低い私は、なんだか社会的に価値が低いような気がしてダメ。
- 家事のできない私は、きっと同棲したり結婚したりしたら相手をがっかりさせてしまうダメな存在。
- 美人じゃない私は、女性として価値が低いような気がしてダメ。
- 自分は年を取ってしまったから、若い頃より魅力がなくなっている!そんな私はダメ。
こうした何かしらの「ダメ」を自分につけている時、あなたの頭の中には必ず一つのものさしがあるはずです。
つまり、そのものさし(価値基準)を知らず知らずのうちにあなたに持たせた何者かが、あなたの世界の支配者なんだよ、ということ♡
「え、そんなこと言ったって、これって一般的にそういうものでしょ? 私が勝手にそう思い込んでるだけってこと!?」
もしかすると、とっさにそう思うかもしれません(もちろん私も、最初はそう思いましたよ!笑)
勝手に思い込んでいるだけというよりは、誰かが作った世界の中に無意識に巻き込まれてしまっている状態と言った方が、きっとしっくりくるかなと思います。
最もわかりやすいのは、クリスマスやバレンタインなどの、いわゆるイベント事です。
こうしたイベント事の多くは、元は海外の宗教行事であったものが、企業の販促活動として形が大きくアレンジされ、そして普及してきたということは、今では広く知られていますよね。
でね、何かしらの文化や概念を企業が販促活動として作る時、一体何をするかと言うと、それはズバリ、「幸せのテンプレ化」なんです。
クリスマスイブに恋人同士がロマンチックなデートをする様子をテレビドラマや CM、 雑誌広告などで人々の目に繰り返し触れさせることで、「これが最高に幸せなクリスマスの過ごし方だよ!」と私たちの脳内に刷り込んでいくんですね。
すると何が起こるかと言うと、多くの人が「クリスマスやバレンタインに恋人と過ごすこと」こそが幸せの象徴だと考えるようになり、いつしかそれを「欲しい」と感じるようになります。
つまりこれって、他者から意図的に刷り込まれた幸せの鋳型(テンプレート)なんです。
惨めな気持ちから抜け出す方法① 「あなたが惨めな気持ちを感じることで得するのは誰か?」を見抜く
どうして彼らがそんな概念を刷り込んでくるかと言うと、それはもちろん、そのテンプレート通りにみんながイベントを過ごしてくれることでお金が儲かるからです。
- 「イベントデーはこういう過ごし方が最高に幸せ」という概念をたくさんの人に受け入れてもらう。
- プレゼントやケーキ、お酒やディナー、テーマパークやホテル宿泊といった、イベントを過ごすための費用に、人々がお金をたくさん使ってくれる。
- 企業が儲かる。
こういう仕組みになっています。
「えーっ、なんかそれって、夢なさすぎ!」とがっかりするかもしれませんが、実は私たちの社会では、こういった世界観ゲームが日常的に無数に行われています。
たとえば住宅販売会社のCMなんかを見ると、「マイホームこそが幸せな家庭の象徴」というイメージが数十秒の映像の中にぎゅーっと凝縮されているはずです。
でね、もちろんクリスマスに恋人とデートするのがダメな訳じゃないし、マイホームを買うのがダメな訳でもなくて、重要なのは、それはあくまで「誰かが自分の利益のためにプレゼンしてきた幸せのテンプレート」であって、「そもそも私って、本当にそういうのが好みなんだっけ?」「本当の本当にそれが欲しいのかな?」っていうのを意識的に見分けるっていうことなんです♡
ここが見分けられないと何がまずいかと言うと、まず一つは、「人から欲しいと思い込まされたもの」を自分の望みだと思ってしまって、本当はそんなに欲しくないものを一生懸命手に入れようとしてしまうこと。
頭では欲しいと思っているけれど、実際のところ、心の奥底ではそんなにピンと来ていなかったり、それを手に入れた先の未来にデメリットを感じていたりすると、潜在意識はその願望を叶えることを嫌がりますので、「願っているのに叶わない」というちょっと苦しい状態に陥ることになります。
そしてもう一つは、その幸せの鋳型にはまれなかった時、そんな自分に「ダメ」をつけて惨めな気持ちになってしまうこと。
前述したように、この世の中では、色んな人たちが色んな幸せの鋳型を日々しきりに打ち出しています。
それらは私たちの無意識領域に知らず知らずのうちに刷り込まれていくため、無防備の状態でいると、無数の幸せの鋳型が私たちの脳内に入り込んできてしまうんです。
それらの中には自分の好みや特性に合うものもたくさんあるはずですが、そうでないものも多数あるはずなので、自分と鋳型が合わないたびに惨めな気持ちになっていたら、それはもうしんどくって当たり前です(笑)
つまり、他者が作った世界観を採用するかしないかは自分で選んでいいし、自分に合わないゲームには律儀に乗ってあげなくていいよ、ということ♡
もしも「誰かが作った幸せの鋳型にはまれない自分」を責めて、そこで惨めな気持ちを感じてしまっているとしたら、実はそれこそがこの世界観ゲームの落とし穴なんです。
人は幸せの鋳型にはまれない自分を惨めと感じるとどうするかと言うと、多くの場合、何とかしてその鋳型にはまれる自分になろうと一生懸命頑張ります。
そして、ここでよーく考えてみてほしいのですが、必死に努力して「実はそんなに好みでもない幸せの鋳型」にはまれる自分になることで、誰が一番得をするかと言うと、それは、その世界観を作った人なんです(笑)
たとえば、「自分が結婚式を挙げたいから挙げる♡」ならいいのですが、「本当は結婚式よりその後の新婚生活にお金をかけたいから、あんまり結婚式はやりたくないな…準備も大変そうだし。でもやっぱり結婚式って挙げておいた方がいいのかな…」という人がいたとして、その人が実はさほどやりたくない結婚式を挙げるために時間やお金を頑張ってそこに費やしたとすると、それで一番得をするのってブライダル関連業者さんなんですよね。
あとクリスマスの例で言えば、クリスマスイブに彼氏がいないのは寂しいから、とりあえずちょっと妥協した相手でもいいから急いで彼氏を作らなきゃ!と頑張って型にはまりにいくことで一番得をするのも、おそらくその本人でも急場しのぎの彼でもなくて、イベントシーズンに収益を見込んでいる企業さん達になるでしょう。
共通して言えるのは、自分が本当はさほど興味がなかったり、欲しいと思っていなかったりするものであっても、それをしないことや持っていないことは「惨め」だと思ってしまうと、人はついついそこに膨大なエネルギーを注いでしまうということ。
そしてそんな惨めな気持ちに煽られて費やしたエネルギーが流れていく先は、結局のところその世界観を作った人たちだということなんです。
「うーん、でも冠婚葬祭やイベント事はともかく、収入が低いことや、恋人がいないこと、年齢や容姿へのコンプレックスとかは、別に誰かの思惑によって意図的に持たされた価値観っていう感じはしないのだけど…」
そう思う人もいるかもしれません。
でも実は、これらに対して感じる惨めさというのも、仕組みとしてはまったく同じなんです。
ただその構造と歴史が、企業が仕掛けたイベント事や冠婚葬祭へのイメージ戦略よりも規模が壮大だったり複雑だったりして、気づきにくいだけなんですね。
たとえば、収入の低さに対して人々が「惨め」と感じることで誰が一番得をするかと言うと、それは資本家になります。
資本主義社会では、資本家が経営者にお金を融資して、経営者の下で労働者が働くという仕組みになっています。
そして大多数の人は労働をすることによってお金を得ている訳ですが、人々が高収入目指して働いてくれることで一番得をするのって、資本家なんです。
つまり、資本主義ゲームの主催者側としては、みんなが低収入を「惨め」と感じて競ってくれれば競ってくれるほど、そして得た収入によってたくさん買い物をしてくれればしてくれるほど、自分たちの元に流れてくるエネルギーが増えるので、その価値観を持っていてもらえると助かるという訳です。
もちろん私たちは資本主義社会に生きているので、お金なしで生きていくのはかなり不便です。
なのでお金が欲しいと思うこと自体は当然なのですが、「お金がないのは惨めだから、お金を稼ごう」だと、これって結局煽られてる状態でしかなくて、「自分がこうなりたいから、お金が必要」という順番になっていないんですよね。
一番肝心なはずの「自分の幸せ」が最上位に来てないんです。
そうなると人は、自分の幸せを犠牲にしてでもお金を稼がなくては!となるため、お金との付き合い方がどんどんと下手になっていきます。
言い換えるなら、自分がお金に振り回されている状態。
本来なら、お金も恋愛もイベント事も、自分が「本当に味わいたい感情」を手に入れるための手段やツールであるはずなのに、他者が決めた幸せ獲得ゲームに巻き込まれたことで、その立場が逆転してしまってるんです。
この状態を抜け出すためには、「自分が惨めさや劣等感に煽られた行動を取ることで、一番得をするのは誰なのか?」そこを見抜く癖をつけることが非常に大切になります。
この視点を取り入れることで、世界の構造を見通す目が養われていくので、どのゲームに乗るか乗らないか?それを意図的に決めることができるようになりますし、「自分好みの世界観」を自ら設定することもできるようになっていきます。
そうなるともう、惨めな気持ちになることってそうそうなくなるし、ふと惨めさや劣等感を感じた時も、「あ、今私、望まない世界観に巻き込まれてるな」と瞬時に気づくことができるようになるので、むしろ惨めという感情シグナルを楽しめるようにすらなります♡
ただもし、「誰かが仕掛けた世界観だとわかっていても、それでもやっぱり惨めな気持ちになってしまう…(泣)」という場合、そこには内的要因が大きく関わっています。
この惨めさを感じてしまう内的要因とその抜け出し方について、続いて解説していきますね!
惨めな気持ちになる原因② 観たい世界(自分が本当に望む幸せの形)を設定していない
そもそもどうして人は、「他者が決めた幸せの鋳型」にそんなに簡単に巻き込まれてしまうのでしょうか?
それは、「自分が本当はどういう状態を望んでいるのか?」つまり自分の幸せがよく分かっていないからなんですね。
だからこそ、人が決めた「幸せっぽいもの」にフラフラッと巻き込まれてしまうんです。
惨めな気持ちから抜け出す方法② 「自分が本当に望む幸せの形」を脳に認識させる
でね、誰かが意図的に仕掛けたお仕着せの世界観だと分かっていても、どうしてもその価値基準で自分を測っては惨めな気持ちになってしまうというのは、要は無意識(潜在意識)レベルでその世界観の中に自分自身が巻き込まれてしまっているからこそ、ついそう思ってしまう訳なのですが、どうして望んでもいない世界観を脳が採用してしまうのかと言えば、それはズバリ、それ以上のものがまだ見えていないからなんです。←ココ重要
たとえば自分が何かに夢中になっている時、それ以外のものって目に入らないし、何かものすごくお気に入りのアイテムがある時って、他のアイテムの出番が自然と少なくなっていきますよね。
また、別れた彼のことをずっと引きずっていたのに、新たにすごく素敵な人が現れたら、急に元彼のことがどうでもよくなってしまって、「私、なんであの人にあんなに執着していたんだろう??」なんて思ったことのある人もきっと多いはず!(笑)
実は、脳がどの世界観を採用するか?というのも、これと同じなんです。
他者が作った幸せの鋳型にいつまでも意識が奪われ続けてしまうのは、つまりはそれ以上の幸せの形を脳がまだ知らないからなんですね。
言い換えるなら、自分の知覚の内側に「自分が本当に欲しい幸せの形」がまだないよ!っていうことなんです。
当たり前ですが、人って、自分が知っているものしか欲しがれません。
明治時代の人が「スマホ欲しいな」なんて思わなかったように、今から100年後に登場する未知の発明品を私たちは欲しがることができません。
けれど実は私たち個人の脳って、今現在存在しているものですら、そのすべてを知っている訳ではないんですよね。
本当はすぐそこにあるのに、認識できていないから欲しがれないものって、ものすごーくたくさんあるんです。
それを自分の知覚の内側に入れてあげればいいということ♡
自分の意識が釘付けになってしまうような「自分が本当に望む幸せの形」をひとたび認識できれば、それまであなたの意識を奪い続けていた「誰かが作った幸せの鋳型」はたちまちその存在が霞んでしまうため、「そこに適合できるか否か?」という価値基準そのものがお役御免となる訳です。
子供の頃、「かけっこの速い子はかっこいい」という幸せの鋳型を多くの人が持っていたと思います。
そのため、その鋳型にはまることのできなかった「かけっこの遅い子」が惨めな気持ちになってしまうこともあったかと思いますが、大人になれば、おそらくアスリートを除いてはその価値基準で自分を測る人はかなり少ないはずです。
それは成長過程で様々な幸せの鋳型を目にすることによって、そちらに意識が奪われていったからなんですよね。
価値観の書き換えって難しく思われがちですが、要はそれと同じことなんです。
じゃあどうすれば「自分が本当に望む幸せの形」を認識できるようになるのか?っていうことなんですが、それは、自分が感じている惨めな気持ちこそがそれを教えてくれるんですね。
たとえば、今あなたが何かしら惨めな気持ちを感じてしまうようなことがあるとして、「そもそも自分は、何が手に入らないと思って、惨めな気持ちになっているのだろう?」っていうところを見てみるんです。
かけっこの例で言えば、クラスの人気者になれないことかもしれないし、好きな子にいいところを見せられない、徒競走で負けてばかりで自分はこの先何をやってもうまくいかないような気がしてしまう、などかもしれません。
つまり自分が本当に欲しいのは、コンプレックスのその先にある「なりたい自分」の方であって、その前にある「○○できないから」とか、「私は△△な存在だから」とかは、単に「今見えている範囲内のルートがふさがっている」というだけのことで、問題そのものを解決する必要って実はないんですよね。
「欲しいものを手に入れるためには、このルートを通るしかない。けれど今の自分ではそのルートに適合できないから、欲しいものを諦めるか、もしくは自分をそのルートにはめ込まなくては!」という思考が生まれる時、人は惨めさや劣等感といった苦しさを感じるし、それはもうすでに「誰かが決めた幸せの鋳型」にはまってるよ!というサインなんです。
「□□だから無理」「☆☆にならなくてはダメ」という前提が頭の中にある時、私たちはその先にある本当の願いを無意識に封じ込めてしまいます。
そのために、本当の願いが認識できなくなってしまうんですね。
そして惨めな気持ちというのは、その「□□だから無理」「☆☆にならなくてはダメ」という借り物の前提が、まさにそこに存在しているよ!という一種のスピリチュアルサインなんです。
その前提によって封じ込められている願いこそが、あなたの本当の願いだということ♡
今、いかにも問題のように見えているものというのは、実は悩みの本体ではないんです。
「惨めさ・劣等感・コンプレックス」の感情シグナルはこう使う!本当の願いを脳に認識させる秘密技
たとえば、「家事のできない私は、同棲したり結婚したりしたら相手をがっかりさせてしまうダメな存在だ」というコンプレックスがあったとして、「家事ができない」ことは実は問題の本体ではなく、この場合本当に欲しいものって、おそらく「一緒に住む相手と心地よく毎日過ごせている自分」なんですよね。
けれどここに「相手と心地よく毎日過ごすためには、家事ができる自分でないとダメ」という前提を置いてしまうと、「だから家事のできない自分は同棲や結婚に向いていない」という結論に至ってしまうことになります。
これっておそらく、世間一般の「結婚・同棲とはこういうもの」「良い妻・良い彼女とはこういうもの」といった鋳型を刷り込まれてしまってるからだと思うのですが、この状態だと、「本当になりたい自分」も「本当に欲しい生活」も、どちらも認識できないのがわかるでしょうか?
本来一番先に来るべきは「自分自身の幸せ」であって、それを達成するための「ツールや方法」ではありません。
つまり、思考を働かせるべきは「どうやって苦手な家事を克服するか?」ではなく、「家事が苦手だったり好きではない自分が相手と楽しく過ごせる結婚・同棲生活ってどういうものなのか?」アンテナを立てるべきはそこだよ!っていうことなんです♡
この問いかけを脳に投げることで、初めて本当に欲しいライフスタイルや理想の自分像が知覚の内側に入ってくるんです。
方法やルートは、そこが決まった後で見えてくるものという位置づけになります。
「人からどう見られたいか?」を願望として出す際の要注意ポイントとは?
同じように、「恋人のいない私は、寂しくてダメな存在」という惨めさを感じていたとして、実はこれも悩みの本体は恋人がいないことではなく、「人から寂しい存在だと思われて、憐れまれるのが嫌」ということだったりするんですよね。
つまりこの場合、問題のその先にある本当に欲しいものって、「人から憧れられたり羨望の眼差しで見られる存在でありたい」ということであることがとても多いんです。
「あれ?でも他人の目を気にして出す願いって、本当の願いではないから良くないって聞いたことがあるのだけど…」と思われた人もいるかもしれません。
これ、けっこう誤解されがちなのですが、「周囲からどう見られるか?」を願望として出すこと自体は、まったく問題ないんです。
なぜならそれって、自分の在り方(自分の世界の中で自分はどういう存在なのか)を設定することでもあるので、むしろ必要なことなんですよね。
(在り方と世界の関係性については、こちらの記事でくわしく解説しています)
問題なのは、他者からどう見られるか?に対して願いを出すことではなく、他者の目を気にしてやりたくないことをやってしまったり、本当は欲しくないものを手に入れなくては!と思ってしまうこと。←ココ重要
たとえば、「周囲から寂しい存在だと思われたくないから、無理やり恋人を作ろうとしたり、ど根性婚活したりする」とかだと、これって要は、人から憐れまれたくないがために、他者が作った幸せの鋳型にはまりにいこうとしている状態なんですよね。
自分では恋人を作ったり結婚することが願望だと思い込んでいるけれど、実際は本願ではないため、なかなか叶わないし、それによってさらに惨めな気持ちを増幅させてしまう悪循環となります。
なのでここで思考を働かせるべきは、「どうやって恋人を作るか?」ではなく、「周囲からどんな存在として見られたら自分は一番嬉しいか?」「その自分って、一体どんな在り方をしているのかな?」っていうことなんです。
ただここで、「でもその自分になるのって、すごく大変そう…」という脳内トークが出てきた人もいるかなと思います。
その場合、それはもしかすると「自分が本当になりたい自分」ではないかもしれません♡
なぜなら、「なりたい自分になるために、やりたくないことを頑張ってやらなくては!」という思考が出てくる場合、その「なりたい自分」というのは、他者が決めた鋳型である可能性が大きいからです。
なので見るべきは、「自分が好きなことを好きなだけして、その自分が周囲からすごく憧れられる存在になっているとしたら、それってどんな自分だろう?」ということになります♡
そして実は「本当になりたい自分」が見えると、「本当に欲しい恋愛の形」もおのずと見えてくるようになるので、そちらもオマケで手に入ってしまうというのが、また面白いところだったりします(笑)
まとめ 自分が惨めに感じる時、人は思考の順番が逆になっている
自分が惨めで情けない存在だと感じている時、人は必ずと言っていいほど、「誰かが決めた幸せの基準に到達できない自分」を心の中で責め続けています。
そして「惨めな自分を脱するには、努力によって自分の欠点を克服し、なんとかこの幸せの基準に達するようにしなくては!」という思考に陥りがちです。
悩みや問題を寄りで見ていると、ついつい自分が圧倒され、そして煽られてしまうもの。
けれどその悩みの状態をぐーっと俯瞰して見てみると、実はこれって、誰かのルールの中で知らず知らずのうちに戦わされてしまっている状態なんですよね(笑)
私たちの世界では、様々な人たちによって多種多様な世界観・幸福観が提供され続けています。
「幸せとは○○な状態」
「△△こそが幸せの象徴」
こういった言語・非言語の膨大なメッセージが、映像やイメージ画像・ストーリー等を通じて、私たちの脳内に日々刷り込まれ続けている訳です。
なぜならこの世界というのは、自分が作った幸福獲得ゲームの中で多くの人が競ってくれれば競ってくれるほど、ゲームの主催者が儲かる仕組みになっているからです。
ギャンブルでは胴元が一番儲かるのと同じ構造ですね(笑)
この状態に気づかないまま無意識にそれらを受け入れてしまうと、誰かが仕掛けた競争(勝ち負けのゲーム)に知らず知らずのうちに参加させられてしまうことになります。
そして誰かが決めたルールの中で負けを感じた時、人は自分を惨めと感じるんです。
この構造さえわかってしまえば、惨めな気持ちから抜け出す方法はとてもシンプル。
一つは、そのゲームの主催者は誰なのか?それを見破り、その上で「どのゲームに乗るか乗らないか?」それを自分の好みや適性によって決めてしまうこと。
そしてもう一つは、自分自身でゲームを設定してしまうこと、です♡
自分がゲームの主催者なので、ゴール地点もルールも、すべて自分好みに決めてしまって OK。
実はこちらこそが、人生をクリエイトしていく上での本来の形なのですが、他者が作った幸せ獲得ゲームに巻き込まれているうちに、多くの人がこの本来の形を忘れてしまっています。
この状態を取り戻すコツは、思考する際、自分の幸せを必ず先頭に持ってくるようにするということ♡
「□□をクリアすることで、幸せになれる」
「☆☆を手に入れれば、自分を幸せと認めていい」
こういった、方法やルートが先頭に来てしまっている時の思考というのは、ほぼほぼ確実に誰かのゲームに巻き込まれてしまっている状態と言えます。
そうではなく、まずは自分が本当に欲しい状態や味わいたい感情を脳に認識させてあげること。
そしてそこに到達するための方法やルートは、行き先を決めて初めて見えてくるものなんですよね。
もしも自分が惨めと感じた時は、すかさず「今、自分の思考の順番ってどうなっているか?」そこをチェックしてみてください。
これって多くの人にとっては、普段の思考順とは真逆になるものだと思うので、最初は少し難しく感じるかもしれません。
けれどこの本来の順番での思考が身につくと、惨めな気持ちになって落ち込むことが激減する上に、目の前の現実が望むものへと変わり出していることに気づくようになります。
これほどやりがいのある訓練ってなかなかないですし、かなり面白い思考実験になること請け合いです♡
ぜひぜひ、あなたもトレーニングしてみてくださいね!
「惨め」という感情が、自分の世界の構造に気づくための貴重な情報源に変わるはずですよ!
ではでは。